19歳の思い出。東京の超有名な鍼の学校に入学して半年が経った。
紹介で"蒸し風呂と指圧"という所へ面接へ行き、即採用になって次の日から勤めることになった。スタッフを紹介されると、そこに鍼灸学校の同級生の故·中島君が居た。その当時19歳。
「なんだ川井くんか!」
その中島君も数ヵ月後にそこを辞めた。しかし気の合う2人は時々会う機会があった。
この男、東大中退のエリート。歳が1つ上の中島君に
『おーい!東京生まれの中島君、東京が海だとすると高級魚はどこが一番釣れる?』
即、
「田園調布と青山かな?なぜそんなこと聞く?」
『この6ヶ月後の5月に指圧の免許が取れる。そしてその1年後に鍼の免許が取れる。俺はアルバイトで20万貯めた。お前はいくら持ってる?』
「5万」
『よしわかった。25万で青山で開業しよう!』
理性的な中島君
「おい、ちょっと待てよ!」
行動的な川井に戸惑っている様子。しかし川井の意見に引きずられて5月に開業した。
慎重な中島君と行動的な川井。お金もなく始めたものの、患者さんは来ない。しかしお酒を飲みながら友の中島君に、
『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も』
その積極性が運を呼んだのだろうか、若い時の2年間は順調にいった。
その後、川井院長は73歳を迎えた。
遠いハワイで漢方概論の教授をやっていた中島君は、運悪く死んでしまった。
この私は運が良いのか、中島君を心の中に感じながら供に生きている。
そんな事をビルの谷間のイタリアンレストランでワインを飲みながら、ふと感じました。

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